今の時代の「管理職」に求められる本当の能力とは?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
武石 恵美さん
今の時代の「管理職」に求められる本当の能力とは?
キャリア形成の要は「マッチング」から「デザイン」へ
従来のキャリア理論の眼目は、ずばり「マッチング」の部分にありました。仕事に就こうとするとき、まず考えるのは「どのような適性があるか」「どのような仕事に関心があるか」といったことです。そうやってまず自分自身のことを知り、それを労働市場へどうやってマッチングさせるかを検討することまでが、「キャリアについて考える」ことでした。
しかし、仮に最初のマッチングがうまく行っても、後から仕事の内容が大きく変容する可能性があります。
また、自分自身の志向や境遇が変化する可能性もあるでしょう。そのため、たとえば大学卒業時といった一定の時期に合わせる固定的なマッチングで完結させるのではなく、時代の変化に合わせてキャリア形成を考えていく必要性が求められるようになってきました。これが、キャリアを「デザイン」するということです。
世界に目を転じれば、キャリア理論がいち早く発達したアメリカでは、労働市場が流動化しています。ほとんどのビジネスパーソンは、一つの企業だけで就労人生が終わる可能性を考えていません。しかも、現代はいわゆるバウンダリレス・キャリア(組織の境界がない中でキャリアを形成していく)の時代。継続的かつ自律的にキャリア形成を考えていくことは当然のことです。現在の日本も、そうした「キャリア自律」の時代を迎えているといえるでしょう。
ダイバーシティ時代が社員も働き方も変えていく
「個人がキャリアについて考えるのは就職するときだけで、キャリア形成は就職した会社に委ねればいい」―― こうした従来の日本のキャリアに対する考え方は、安定した終身雇用制度と丁寧な社員教育に裏打ちされたものでした。しかしバブル崩壊以降、そのシステムは変容しつつあります。安定神話は失われ、雇用形態も正社員がスタンダードという時代は終わり、派遣社員、契約社員など実に多彩となってきました。
また、もはやかつてのように「みんながんばろう!」という上司のひと言で社員全員が徹夜もいとわないような時代ではなくなってきたことも、キャリア形成について考えるうえで見逃せません。社員の中には非正規社員も、育児や介護の責任を担う社員もいるでしょう。組織の価値観を一方的に押しつけることが、個人にとっても組織にとっても建設的な結果を生まないという当たり前のことが、ようやく定着してきたともいえます。
そうした状況を踏まえると、これからの社会で持続的なキャリアアップを目指すならば、社会全体の状況を俯瞰しながら自身の将来を見据えることが必要不可欠だと分かるでしょう。そのためには、企業という組織の中だけに閉じこもるのではなく、外部へと目を向けながら積極的にいろんな情報をインプットすることがポイントです。特にマネジメント層である管理職は、日頃から視野を広く持っていろいろな価値観に触れておく必要があります。
マネージャーは専門職。求められるのは理解と把握
従来の日本企業における管理職は、「各現場で一定の経験を積み、高い業績を上げた先に自動的に用意されるもの」といったイメージでした。しかし実際は、業務の遂行能力とマネジメント能力は必ずしも一致しません。
管理職とは、いわば「結節点」。企業全体の目標に、自分が任された組織の目標を落とし込んだうえで、その達成のために部下を動かしていく要の部分にいる人です。それは、車にたとえればエンジンを円滑に駆動させるのと同じ。組織の内部を十分理解し、部下の状況をしっかり把握しなければなりません。
つまり管理職とは本来、そうしたマネジメント能力をきちんと磨いたスペシャリストでなければいけないのです。
組織にとってリーダーシップは確かに重要ですが、同時に必要な資質は、一人ひとりの事情に即した丁寧なコミュニケーション能力や柔軟な対応力。一例として、コミュニケーションのない職場ではパワハラが発生しやすいという研究も発表されています。
ところが従来の日本企業では、先にも触れたとおり社員の同質性が極めて高かったため、こうした折衝に関する能力が軽視されがちでした。さらに、中小企業においては部下に仕事をさせる前にプレイングマネージャー化してしまい、身動きができなくなってしまうケースもしばしば見受けられます。これらを併せて考えれば、逆に今の時代に求められているのがどんなマネジメント能力なのか、見えてくるのではないでしょうか。
現場の経験値のみに頼らず、必要最低限のマネジメント知識が習得できる検定試験
個人の状況を知るためのコミュニケーション能力や、組織の目標を伝えるためのアサーティブな指示力は、単純にノルマを遂行するだけでは身に付きません。どれほど業務に精通していても、年上の部下や女性社員とのコミュニケーションの図り方に難があれば、たちまちハラスメントへとつながる恐れがあります。「やっているうちに覚える」といった考え方に甘んじているうちに、組織へ深刻なダメージを与えてしまっては本末転倒。現場の経験のみに頼らず、最低限の基礎知識を体系的に養う必要があります。そして、時代の変化に対してスピーディに対応するためには、継続的な知識や情報のインプットも必要です。
その点、東京商工会議所で新たにスタートした「ビジネスマネジャー検定試験」は有用性が非常に高いと思います。コミュニケーションの基本にはじまり、事業戦略のフレームワークから労働法規、ハラスメント、メンタルヘルスなどのリスクマネジメントに関わる問題まで、管理職として総合的に網羅するべき知識をまとめて習得できるからです。ですから、単に管理職(マネジャー)としての資質を高めるだけでなく、もっと広い意味で個々のキャリアデザインにつながるのではないかと期待しています。
とりわけ、多様化が猛スピードで進む今の時代において、マネジメント能力は業種を問わず求められます。こうした検定試験の準備をすることは、「今後の自分のキャリアの棚卸し」をするうえでも絶好の機会なのではないでしょうか。
「日経キャリアマガジン 資格・スキルランキング2015」(2015年1月16日発行/日経HR)より