「教育」から考える持続可能な社会の実現(後編)
環境パートナーシップ会議副代表理事
星野 智子 さん
お茶の水女子大学附属高等学校教諭
葭内 ありさ さん
持続可能な社会の実現には、「教育」が不可欠です。SDGs(持続可能な開発目標)達成目標年(2030年)までの折り返し地点にあるいま、知識やスキルに加え、持続可能な社会の実現に向けた価値観や行動を育むための「教育」が求められています。今回は「教育」をテーマに有識者にお話を伺いました。
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星野智子(ほしの・ともこ) 環境パートナーシップ会議副代表理事。 |
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葭内ありさ(よしうち・ありさ) 博士(社会科学)。お茶の水女子大学附属高等学校教諭、 |
高校生がアフリカンプリントを使い商品化
―前編では、持続可能な社会の実現を目指す上で、行動変容を促すには「自分ごと化」がカギになるというお話がありました。改めて、「自分ごと化」するために工夫していることなどがあれば、それぞれ教えていただけますか。

お茶の水女子大学附属高等学校とCLOUDYのコラボ企画で制作したミトン
葭内: 「自分ごと化」には体験が有効ですが、私はなるべく実社会での連携を意識しています。例えば、アフリカのファブリックを使ったアパレルブランド「CLOUDY(クラウディ)」とのコラボレーション企画があります。
家庭科の被服実習で、高校生が自分たちで、アフリカンプリントを使った商品のプロトタイプを1人1個作ります。120個ほどできるので、そのなかから数点を選び、実際に商品化します。
クラウディのガーナ工場では、貧困層の女性や障がいがある方々が働いており、そこで高校生が考えたアイデアを製造してくれるのです。生徒たちはパンフレットやタグなども自分たちでつくり、販売します。2024年3月8日から、蝶ネクタイとチーフなどが、東京・渋谷にあるRAYARD MIYASHITA PARK店の店頭に並びます。

生徒の商品見本を基にガーナ工場で商品化した(提供:CLOUDY)
葭内: さらに、その売り上げの一部は、クラウディが支援している学校に寄付します。工場のミシンが良いのか、教科書が良いのか、給食が良いのかなど、生徒みんなで話し合って、何を寄付するかを決めています。
星野さんが仰るように、話を聞くだけでは不十分で、やはり体験の機会が重要です。生徒によって響く部分は異なりますので、繰り返すことで、いつの間にか「こういう視点がある」ことに気付きます。点を打ち続けて、最後に「線」になると考えています。
土が元気になれば人も元気になる
―学びに加えて、楽しさもあるプロジェクトですね。星野さんは、どのように体験の機会を広げていけるとお考えでしょうか。
星野: 「環境教育等促進法」では、「体験の機会の場」の認定制度が導入されました。こうした制度を活用していくことも重要ではないかと思います。
農林水産省も「みどりの食料システム戦略」(2021年策定)に基づき、積極的に環境保全型農業を推進しています。この戦略では、「2050年までに有機農業の農地を25%に増やす」という野心的な目標を掲げています。
こうして法制度が整ってきた一方で、有機農家や環境教育の実践者の人材不足もあり、人づくりは目下の課題です。葭内さんのような教育者をもっともっと増やさなければいけません。
―星野さんは「土の学校」を主宰し、オーガニックの農業体験企画を毎年開催されていますね。

「土の学校」では、千葉県山武市で農業体験できる
「土の学校」は、農業や農村文化、環境教育などに関心のある人たちによる「お米づくり体験学習」です。千葉県の有機農家の方に協力していただいています。
有機農業は、「環境保全型農業」とも言えると思いますが、土壌や水、自然資源をできるだけ壊さないように、農作物を栽培する方法です。
農薬や化学肥料を使うと、土壌が次第に劣化してしまいますので、有機農業では、その代わりに堆肥や有機肥料を使います。有機物を入れることで、土が元気になり、土が元気になれば野菜がよく育ち、元気な野菜を食べれば人間も元気になる――。そうした考えが有機農業のベースにあります。
慣行農業は、化石燃料由来の資材や化学肥料を多く使いますから、有機農業の方が、CO2削減にも貢献します。2022年12月には新たな生物多様性に関する世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。有機農業は、気候変動の観点でも、生物多様性保全の観点でも、期待が高まっていると感じています。
日本企業のイノベーション、「皮ごと食べる」がシンガポールで評価
―持続可能な社会を実現する上で、教育を受けた人たちが実際に行動に移す時、企業や社会に求めることは何でしょうか。
葭内 :お茶の水大学のSDGs推進研究所では、「企業連携OCHA-SDGsコンソーシアム」を立ち上げ、企業連携を進めています。企業側も努力して、エシカルな商品やイノベーションを創出しようとしているのですが、消費者側がそれをうまく受け取ってくれない場合もあります。ですから、やはり社会の仕組みづくりや、消費者側が自然とそちらに向くような工夫が必要だと感じています。
追跡調査で卒業生にインタビューすると、企業に就職しつつも、ライフワークとしてエシカル消費を続けている人が多いです。仕事としてソーシャル・ビジネスやNGOにかかわっていなくても、学生のうちから個人的にエシカルな現場を見に行ったり、エシカルな情報を発信したり、それぞれの状況に合わせて持続可能な社会の実現に向け行動しています。
また、お茶の水女子大学附属高等学校は現在、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されていますので、「科学技術で、どう持続可能な未来に貢献できるか」という視点が生徒に根付いているといえます。
例えば、身近な科学として、食に関することがあります。私が最近薦めているのが「皮ごと食べる」です。
お茶の水女子大学は2022年4月、SDGs推進研究所を設立し、全学でフードドライブを実施しています。昨年、先にフードドライブについて学んだ小学校6年生が、今年の高校1年生に教える授業もありました。
「植物の色」に関する科学の授業にも関係するのですが、皮には栄養がたくさんあります。星野さんが仰ったように、最近の土壌は栄養が少なくなるなどで、、お野菜や果物の栄養がどんどん減ってしまっています。小学校に話を聞くと、野菜の栄養価が低下している分、給食で食べる量を増やさなければいけないようです。
皮をむくと、全体の1割くらい捨ててしまうことになるのですが、丸ごと食べることで、栄養も摂れ、食品ロスも減ります。先日、玉ねぎを丸ごと使う調理をしました。玉ねぎの茶色い皮には、「ケルセチン」と呼ばれる抗酸化物質のポリフェノールが含まれているのですが、細かく切って、チキンライスとして丸ごと炊き込んでみたら、皮の食感も気にならず、とても美味しいのです。
株式会社landlinkという日本の会社が「野菜を皮ごと食べる活動」を展開しているのですが、シンガポールで「STEWARD LEADERSHIP25」を受賞しました。世界的にも「皮ごと食べる」ことは注目されはじめているようです。
―「皮ごと食べる」という身近な食のイノベーションを、企業から消費者に伝えているんですね。星野さんはいかがでしょうか。
星野: まず地球環境は、人々の暮らしや経済活動を支える大切なベースです。しかし、SDGsに象徴されるように、地球環境以外にも、貧困や福祉などの社会課題は山積しています。SDGsについて学ぶことで、ほかの分野にも関心を持つ人は多いと思います。
例えば、最近では「環境×福祉」の連携に期待が高まっています。福祉分野は人材不足などの課題も多いのですが、それでも福祉に携わる人数は多く、イベントなども多数あります。障がい者が農業分野で社会参画を実現する「農福連携」(農業と福祉の連携)も進んでいます。
福祉業界は、有機農業をはじめとした環境保全型農業の実践やごみゼロ運動など、実は環境に貢献できる場面が多いのです。環境やESDに関心のある人が、福祉業界で新たなイノベーションを生み出す可能性もあります。GEOCでは、環境省が目指す「地域循環共生圏」を推進しているのですが、地域のなかで、環境団体と福祉団体が連携したり、市民と企業・自治体が連携したりするなどの事例が増えています。「地域」という単位で見ると、地域の中には環境問題も人権問題も福祉の問題もさまざまありますから、それらをうまくコーディネートすることで、より豊かな、より持続可能な地域になるはずです。
そこで、やはり「パートナーシップ」(協働)が必要です。私はそうした異業種・異分野間の連携をさらに後押ししていきたいです。その結果、環境・福祉・経済の好循環が生まれたら良いですね。
「エコが当たり前になる社会をどう作るか」
―最後にeco検定合格に向けて勉強している人、すでに合格して環境活動を実践されているエコピープルの皆さんなどに向けてメッセージをお願いします。
葭内 :サステナビリティを学ぶ上で、俯瞰して物事を見ることが、非常に大切だと感じています。「プラネタリーヘルスダイエット」(地球の持続可能性と人間の健康とを両立させるために目安となる食事)も、その一つですね。
さまざまな切り口でものごとを考え、自分のライフスタイルと社会がどうつながっているのかを意識するような訓練や体験する機会が必要です。
eco検定の学習範囲には、環境を中心としたさまざまな視点が含まれていますから、俯瞰する目が養われると思います。
学ぶということは、単に環境問題や社会課題などに貢献するということだけではなく、自分の人生の意思決定にも役立つはずです。何を選択するのか、自分の軸ができてくると思います。
星野 :エコピープル(eco検定合格者)をめざす皆さんは、熱心に勉強されていて素晴らしいと思います。
私自身「エコが当たり前になる社会をどう作るか」が命題です。一人が頑張って勉強して、仕事もして、環境活動をして――というのではなく、だれもが自然に暮らしながら当たり前に環境に配慮できるような、そんな社会をつくっていきたい。エコピープルの皆さんとともに、そういう社会を目指していきたいと思います。
そのためには、先ほど葭内さんが話された「皮ごと食べる」運動のように、まずは自分自身が楽しむこと、そして仲間を増やすことも重要です。
生活から環境を良くしていくこともできますし、体験活動を通して、多様な人や地域とのコミュニケーションが生まれ、楽しい時間が持てると思います。
自然に寄り添って生きる、自然に感謝しながら暮らすというような社会づくりを少しずつでも進めていきたいです。
―力強いメッセージをありがとうございました。今回の対談を通じて、知識を得ることの重要性は言うまでもありませんが、同時に、体験を通して「自分ごと化」することが、持続可能な社会に向けた「変革」を促進するカギであることが明確になりました。持続可能な社会は、個々の行動が積み重なって初めて実現されます。東京商工会議所としても、エコピープルの皆さんとともに、持続可能な社会に向けて行動に移していきたいと思います。
【参考:eco検定概要】
eco検定は、環境と経済を両立させた「持続可能な社会」の実現に向けて、環境に関する幅広い知識を身につけ、環境問題に積極的に取り組む「人づくり」を目的に2006年に創設されました。ビジネスパーソンから次代を担う学生をはじめとする、あらゆる世代の方が受験し、受験者数は延べ62万人、合格者(=エコピープル)も37万人を超えています(2023年12月末現在)。
eco検定は「合格して終わり」ではなく、検定試験の学習を通じて得た知識を「ビジネスや地域活動、家庭生活で役立てる=現実の行動に移す」ことを促しています。東京商工会議所では毎年、エコピープル等の活動を表彰する「eco検定アワード」も開催しています。