「森のタンブラー」開発者が語る、社会課題の解決をビジネスにするコツ(前編)
アサヒユウアス株式会社 「たのしさユニットリーダー」
古原 徹 さん
アサヒグループのアサヒユウアスは、サステナビリティ事業に特化した会社です。代表的な商品である「森のタンブラー」は植物原料を活用したエコカップで、イベントなどで発生するプラスチックごみの削減に貢献します。ビジネスとして社会課題の解決に取り組むには、何をすれば良いのか。大ヒットした「生ジョッキ缶」開発者で、現在はアサヒユウアス「たのしさユニットリーダー」として多くの企画を手掛ける古原徹さんに、2回にわたってお聞きします。
前編では社会課題解決型のビジネスが生まれた背景や、これまでの取り組みを紹介します。
古原徹(こはら・とおる)
2009年、アサヒビールに入社。容器包装技術者として研究所に13年勤務、容器包装の開発者として、「スーパードライ生ジョッキ缶」をはじめとした数多くのヒット商品、社外実績を生み出す。
アサヒ最多のグッドデザイン賞3回受賞。アサヒ初となるグッドデザイン賞BEST100受賞。
子どもが生まれたことをきっかけに、容器包装のスペシャリストとしてのキャリアプランから、「社会的価値を最上段においた事業を創る」ことに軸足を移す。
初代社長の高森志文氏とともに「アサヒユウアス株式会社」の設立を主導。
フラッグシップ「森のタンブラー」だけでなく「森のマイボトル」や「Coffeeloop」など数多くの共創商品を短期間でプロデュースした。
大企業から中小企業、ベンチャー、自治体、アカデミアまで、様々な共創事例を創出。常に数十件のプロジェクトを進行し、日々「たのしく」奮闘中。
ヒット商品よりも社会課題を解決したい
―アサヒグループは2022年1月に、サステナビリティに特化した事業会社としてアサヒユウアスを立ち上げました。古原さんがグループ内にサステナビリティに特化した部署を立ち上げたいと、直談判されたことが始まりだったそうですね。
古原:2021年4月頃から、アサヒユウアス初代社長の高森志文と、サステナビリティに関する事業を立ち上げたいという話をしていました。
その話が、アサヒグループホールディングス代表取締役社長の勝木敦志にまで伝わり、「やってみなよ」と後押ししていただいたことで、とんとん拍子に話が進み、会社設立に至りました。
―古原さんは、もともとサステナビリティへの関心が高かったのでしょうか。
古原:私自身は2016年頃から、社会課題をビジネスで解決するということに関心を持っていました。SDGs(持続可能な開発目標)はビジネスになるとの確信もありました。
当時、私はアサヒビールのパッケージング技術研究所の研究員として、「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の開発に携わっていました。2017年から開発を始めて、4年間その仕事に打ち込んでいました。
仕事自体は楽しかったのですが、「自分のために仕事がしたい」という思いが募っていました。「会社のため」だけでなく、「自分のため」に、そして「誰かのために」なる仕事を、「誰かと一緒」に成し遂げ、みんなが喜んでくれるような仕事がしたいと考えていたのです。キャリア10年の節目も近付き、「自分のための仕事」を模索し始めた時期でした。
ただ、地域と連携したり、社会課題を解決したりするような事業を提案しても、ボランティア的にとらえられるので、なかなか社内では理解を得られません。そこで、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会に向けて、ゴールドパートナーであるアサヒビールとして、エコカップを大々的に展開することを提案しました。これが「森のタンブラー」の原型です。
当時の常務取締役兼研究開発本部長に提案する際に、SDGsを体現する取り組みであること、そして他社に先駆けて「業界初」で取り組むことの意義を強調し、承認を得ました。こうして「森のタンブラー」プロジェクトが始動しました。
それと並行して、捨てられるコーヒー豆を使ったクラフトビールの企画も進めていました。私には醸造技術がないため、研究所内の仲間の協力を得ながら、東京・蔵前にある焙煎所「緑の木」(東京・台東区)と、台東第三福祉作業所(東京・台東区)と連携し、「蔵前BLACK(クラマエブラック)」を開発しました。台東第三福祉作業所には、コーヒー豆の回収で協力いただいています。

ゼロイチで事業を生み出すことの面白さ
―実際に、事業を始めての手応えはいかがでしたか。
古原:「蔵前BLACK」は、「エシカルなクラフトビール」というコンセプトで打ち出していたのですが、テレビなどにも取り上げられ、大きな反響がありました。
何よりも「ゼロイチで社会貢献できる事業をつくるのって、めちゃめちゃ面白い」と実感しましたね。いろんな人が喜んでくれて、社会課題の解決にもつながる。こんなに良い仕事はないと思いました。
「生ジョッキ缶」を開発して、大ヒットして、会社の利益に貢献することも喜びでしたが、それよりもはるかに大きな喜びがありました。生ジョッキ缶の開発も一旦落ち着いたところで、サステナビリティ関連の事業部を立ち上げることをアサヒビール社内に提案し、それが「アサヒユウアス」という新会社の設立につながりました。
大量生産・大量消費のビジネスに疑問
―エコカップから事業がスタートしたということですが、大量生産・大量消費のビジネスモデルに、疑問を抱かれていたのでしょうか。
古原:そうですね。私自身は「売れば売るほどごみが増える」という現状に疑問を感じていました。空き缶は回収すれば資源になりますが、100%回収できるわけではありません。仮に缶ビールの販売量に対して1%の空き缶が未回収だとしたら、その量は膨大です。
そこで、使い捨てない飲料容器として、パナソニックと「森のタンブラー」を共同開発しました。植物原料を主原料として使用した、素材の質感や香りが感じられるタンブラーです。
大量生産・大量消費が当たり前の社会になり、こういったビジネスモデルに疑問を持ちにくい現状があります。だからこそ自分自身の手で、「良いことをしている」と子どもにも胸を張って言える仕事を作りたいと考えました。2016年頃から、その思いを温め続け、行動に移したのです。

「使い捨てる」消費行動を変えようと開発した「森のタンブラー」。地域の未利用資源の活用にもつながる
―新たな事業を立ち上げるには、社内説得や事業計画の立案、そして「儲かるのか」といった課題をクリアする必要があったと思います。どのように乗り越えられたのでしょうか。
古原:まず、グループCEOの勝木に後押しされ、経営層からも応援をもらっていたので、ハードな社内説得の必要はありませんでした。
一方で、最初の事業計画はかなり大雑把なものでした。売り上げの規模は追わずとも、自力で収益を確保できなければ、会社がいつ潰れるか分かりません。CEOが変わる可能性も考えて、まずは「3年で単体黒字化」を目指して計画を立てました。ただ、具体的な収益源については、曖昧な部分がありました。
良い意味でも悪い意味でも、当初の計画通りに進んでいるわけではありません。正直なところ、売り上げ目標を甘く見積もっていたところがありますが、成長は続けています。
会社設立前は想定していなかったビジネスが成長しているのは、良い誤算でした。
当初のラインナップは、「森のタンブラー」やクラフトビール、食べられるコップ「もぐカップ」くらい。現在は、事業のポートフォリオががらりと変わって、コンサルティングと受託開発事業が伸びています。会社を設立してから、さまざまな分野の仲間と「共創」を続けていく中で、多様な知恵やネットワークが集まりました。これが、コンサルティング事業につながっています。
―社会課題解決のための共創が、思わぬ形で新たなビジネスとなり、利益を生むことにつながったのですね。現在、特にフォーカスしている社会課題はありますか。
古原:まずは、「地域課題」です。地域に寄り添い、それぞれの地域が抱える独自の課題を解決することに注力しています。アサヒビールやアサヒ飲料のような大企業では、公平性が重視されるため、特定の地域と連携するのが難しい面があります。
一方アサヒユウアスでは、取り残されがちな小さなコミュニティと連携することにこそ、価値があると考えています。
「蔵前BLACK」のような地域限定商品を今後も増やしていく予定ですが、私たちが全ての商品を開発・販売し続けるのではなく、将来的には地域ブランドとして自立できるように、ノウハウを移転していくことを目指しています。
もう一つ、重視しているのは、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」です。会社の設立当初から、循環型社会の形成に貢献する事業を創出することを目標の一つとして掲げています。実際に、サーキュラーエコノミーに関心のある大手企業から、「自社でもサーキュラーエコノミーを実践したいが、ノウハウがない」といった相談を受けて、支援を行っているところです。
―大手企業といえども、具体的な取り組みへ落とし込むためのノウハウを求めているのですね。私たち東京商工会議所にも、中小企業の皆様から、脱炭素をはじめとした環境活動を進める上で、「知識やノウハウが十分ではない」といった課題感が寄せられています。
eco検定は環境に関する幅広い知識を網羅的に学習できる検定試験。個人での受験だけでなく、企業や団体でも、環境基礎知識を身に付けた人材を育成する有効なツールとしてお役立ていただきたいと思っています。
さらに、eco検定は「合格して終わり」ではなく、その後の「実践」を重視しています。学びを実践に繋げることで、社会課題の解決や新たなビジネスの創出を後押しできると考えています。
本記事は前後編に分かれています。
後編では、社会課題解決型事業の成功に不可欠な「共創」についてお伺いしました。後編はこちら。